お散歩が大好き。そう気づいたのはいつだっただろうか。春子は気持ちのいい日差しに照らされながら、ふと考えた。
今は、歩いて学校から帰っているところだ。学校へは自転車で通っているが、今日はなんだか歩きたい気分になった。次の日のことを考えると憂鬱になるが、仕方がない。私は自分の直観に従うと決めているのだ。
ふと細い路地が目にはいった。方向音痴は自覚していて、帰れるか不安なところだが、誘われている気がした。その路地の向こうにきれいな桜が見えたのだ。左右の建物の間からみるそれは、絵のようで、春子は吸い込まれるように路地へ足を踏み入れた。
路地を抜けると、そこは別世界だった。目にも鮮やかな芝生が広がり、小高い丘の上にさっき見えた桜がある。柔らかな風が頬を撫で、うららかな日差しが優しく包み込む。ここでお昼寝できたら最高だなぁ。そんなことを思いながら歩き出した時、何か柔らかいものが視界を横切った。
春子の足元にきれいに3色に分かれた模様の優し気な猫がいた。
「こんにちは。あなたの場所だった?お邪魔してごめんね。」
「大丈夫よ。気持ちいい場所でしょ?あなたもゆっくりしていったら?」
ありがとう、そうさせてもらうねと答えようとして、ふと我に返る。あれ?私、空想は好きなほうだけど、ついに声に出てた?
「もしかして、お返事してくれた?ってそんなわけないか・・・。猫だものね。」
「猫が人間の言葉を話せないなんて思い込みやめたほうがいいわよ。若いのに古臭い考えね。」
返事が聞こえた。ぽかんと口を開けて猫を眺める春子を置いてけぼりにして、猫は話し続けている。
「まったく。人間でもいろんな言語を話せる種類もいるんだから、猫も話せるとは思わないのかしらね。人間でいう、バイリンガルよ。猫語と人間語、それから私はなんと犬語も話せるわ。あれ、そうなると、トリリンガルなのかしら?すごいでしょ。」
猫は自慢げに語り終わると、春子を見上げた。そのさも当然といった態度に、思わず返事をしてしまう。
「あ、うん。すごいね。私、英語も苦手よ。」
「あら!あなた受け入れが早いじゃない!大体の人間は、夢か空耳だと思って帰っていくわよ。気に入ったわ。ついて来て!」
猫は嬉しそうにしっぽをぴんと立てて、歩き出した。春子は、戸惑ったが元来の好奇心旺盛な性格が顔を出し、猫についていってみることにした。
猫は桜の木の下までくると、立ち止まった。
「ここ、覗いてみて!」
弾んだ声でそう言った猫は、木のうろの縁をぱしぱしと叩いている。恐る恐る覗き込んだ春子は、思わず歓声をあげた。
「うわぁ!すごい!すっごく素敵な空間ね!」
そこには、木の洞とは思えない広々とした空間が広がり、柔らかな芝生の上にロッキングチェアが置いてある。その周りには本がぎっしりつまった本棚が並べてあって、不思議なことにその間には窓がある。その一つ一つから見える景色は様々で、穏やかな海が見える窓もあれば、気持ちのいい山が見える窓もあった。
「そうでしょ?私のとっておきの場所よ。」
「でもどうやってるの?この木の中ってそんなに広くないよね?それに本もこんなに沢山。窓の景色は?木に窓があるようには見えないし・・・。」
「んもう。一気に質問しないでちょうだい。焦らなくても教えてあげるわよ。あなた、魔法の本読んだことある?初歩的な魔法なんだけどね、見た目は小さい入口でも中を広げることができる呪文があるの。本は、人間が捨てたやつを集めたり、たまに本屋さんに行ってワゴンセールからもらってきたりね。窓の景色は、まぁ、説明がめんどくさいけど、一言で言えばこれも魔法よ。好きな景色集めてるの。」
春子は、情報量の多さに目がくらんだ。猫が話すだけでも驚きなのに、今度は魔法?やっぱり夢を見てる?目を白黒させている春子を見て、猫は楽しそうに笑っている。
「さて、仲良くなったことだし、そろそろ名前を教えてもらえる?呼びにくいわ。」
「あ、え?名前ね、そうね。私は、角谷 春子と言います。あなたのお名前は?」
「あら!私たち、やっぱり相性がいいのね。私は、ハルよ。魔法のことは夢だと思っていてもいいから、とりあえず信じといてもらえる?話が進めにくいわ。協力してほしいことがあるの。」
困惑中の春子にバッサリと言い放ち、ハルは木の根っこの上に座ると姿勢を正して話し出した。
「私、本屋をやりたいの。」
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